ニュースを見ていると、
「遺体を遺棄したことを認めているのに、なぜ殺人容疑で逮捕されないの?」
と疑問に感じることがあります。
遺体を切断した。
遺体を運んだ。
山や川などへ遺棄した。
そこまで認めているのであれば、
「その人が殺したということでは?」
と思ってしまいますよね。
しかし法律上、
人を死亡させたこと
と、
死亡した人の遺体を損壊・遺棄したこと
は別の行為です。
そのため、死体損壊・遺棄を認めているからといって、それだけで殺人罪まで成立すると決まるわけではありません。
殺人罪として立件するには、
- 被害者がどのように死亡したのか
- 誰が死亡させたのか
- 故意があったのか
などを別に立証する必要があります。
この記事では、なぜ死体遺棄を認めてもすぐ殺人罪にならないのか、捜査では何を調べるのかをわかりやすく解説します。
殺人罪と死体損壊・遺棄罪は別の犯罪
まず一番重要なのは、
殺人罪と死体損壊・遺棄罪は別々の犯罪
だということです。
殺人罪は生きている人を死亡させる犯罪
刑法では、人を殺した者について殺人罪が定められています。
つまり問題になるのは、
生きている人に対して行為を行い、その人を死亡させたか
という点です。
誰かが死亡しているだけでは、殺人罪にはなりません。
病気、事故、自殺など、他人の犯罪行為以外で死亡する場合もあるからです。
死体損壊・遺棄罪は死亡後の遺体に対する犯罪
一方、死体損壊や死体遺棄は、
すでに死亡している人の遺体を損壊したり、遺棄したりする行為
について成立する犯罪です。
たとえば、
- 遺体を切断する
- 遺体を隠す
- 本来置かれるべきでない場所へ捨てる
などが問題になります。
つまり時間の流れで見ると、
死亡するまでの行為
と
死亡した後の行為
は別に考えられます。
遺体を遺棄した人が殺したとは限らない
感覚的には、
「遺体を隠したなら犯人だろう」
と思いやすいところです。
しかし、論理的には必ずしもそうではありません。
死亡後に遺体だけ処理した可能性もある
たとえば仮に、
Aさんが病気などで死亡し、
その後Bさんが何らかの理由で遺体を隠したとします。
この場合、Bさんが死体遺棄に関与したとしても、
Aさんを死亡させたのがBさんとは限りません。
そのため、捜査では、
「遺体をどうしたか」
だけではなく、
「死亡するまでに何が起きたのか」
を別に確認する必要があります。
遺体を損壊した理由だけでは殺害を証明できない
遺体を損壊した行為は極めて重大ですが、
それだけで、
「殺害目的だった」
「本人が死亡させた」
という事実まで自動的に証明されるわけではありません。
死亡前後の状況を調べる必要があります。
殺人罪では何を証明する必要がある?
殺人事件では、単に遺体があるだけでは不十分です。
捜査では複数の事実を確認します。
被害者が死亡していること
まず、その人が死亡していることを確認します。
遺体が発見されていれば確認しやすいですが、遺体が見つからない事件では、この部分自体が大きな争点になることがあります。
死亡原因
次に重要なのが、
なぜ死亡したのか
です。
たとえば、
- 外傷
- 窒息
- 中毒
- 病気
- 事故
など、死亡原因を調べます。
白骨化している場合などは、死因を特定できないこともあります。
白骨化した遺体から何がわかる?DNA・身元・死亡時期・死因の鑑定を解説
でも詳しく解説しています。
誰の行為で死亡したのか
死因が他人によるものと考えられても、
「誰が行ったのか」
を立証する必要があります。
そのため、
- 防犯カメラ
- スマホ
- 車
- DNA
- 血痕
- 証言
などが重要になります。
殺意があったのか
殺人罪では、結果的に人が死亡しただけでなく、故意の有無も問題になります。
事件によっては、
- 殺人
- 傷害致死
- 過失致死
など、成立する犯罪が変わる可能性があります。
そのため、行為の内容や当時の状況が詳しく調べられます。
遺体を切断したことは殺人の証拠にならないの?
ここは少し難しいところです。
死体損壊や遺棄の事実が、
殺人事件を考えるうえで重要な状況証拠になることはあります。
しかし、
「切断したから必ず殺した」
とは言えません。
殺害を隠す目的だった可能性は調べられる
遺体を隠したり損壊したりしている場合、
警察は当然、
「なぜその行為をしたのか」
を調べます。
殺害を隠す目的だった可能性も含めて捜査されます。
ただし死亡前の行為は別に立証する
たとえば、
「遺体を処理したこと」は証拠で確認できても、
「死亡する前に何をしたのか」
について証拠がなければ、そこを別に調べなければなりません。
そのため報道では、
「死体損壊・遺棄容疑で逮捕し、死亡の経緯を調べる」
という表現がよく使われます。
自白すれば殺人罪になる?
では本人が、
「自分が殺しました」
と話した場合はどうでしょうか。
これも、
自白しただけで自動的に有罪になるわけではありません。
自白だけでは有罪にできない
日本国憲法と刑事訴訟法には、本人の自白だけを唯一の証拠として有罪にしてはいけないという考え方があります。
そのため捜査では、
自白を裏付ける証拠
が重要になります。
自白内容と客観的証拠を照らし合わせる
たとえば本人が、
「この場所で殺害した」
と話した場合、
- その場所に血痕があるか
- 防犯カメラに記録があるか
- スマホの位置情報と一致するか
- 死因と供述内容が一致するか
などを確認します。
法務省が公開している事例でも、自白をきっかけに死体が発見されたり、現場の血痕などによって供述が裏付けられたりした事例が紹介されています。
つまり、
話した内容と現実の証拠が一致するか
が重要なのです。
なぜ警察は裏付け捜査をする?
ニュースで、
「供述の裏付けを進めています」
という表現をよく聞きます。
裏付け捜査とは、本人や関係者が話した内容が本当なのかを、客観的な証拠で確認していくことです。
防犯カメラを確認する
たとえば、
「○日の夜に車で移動した」
という供述があれば、防犯カメラなどにその車が映っていないか確認します。
スマホの記録を確認する
スマートフォンには、
- 通信記録
- 位置に関する情報
- メッセージ
- 検索履歴
など、行動を確認する手掛かりが残ることがあります。
警察はどうやって行動履歴を特定する?スマホやデータ分析の仕組みを解説
でも詳しく解説しています。
発見場所や遺体の状態と照合する
本人が、
「ここに遺体を捨てた」
と説明している場合、
実際の発見場所や遺体の状態と供述が一致するか確認します。
身元が分かっても殺人とは限らない
DNA鑑定などで遺体の身元が判明すると、
「事件が解決した」
ように感じるかもしれません。
しかし身元確認は、
誰が亡くなったのか
が分かった段階です。
身元確認と死因究明は別
DNA鑑定で本人だと判明しても、
- いつ死亡したのか
- なぜ死亡したのか
- 誰が死亡させたのか
は別に調べる必要があります。
遺体の一部しか見つからなくても身元はわかる?DNA鑑定と個人識別の仕組みを解説
でも解説しています。
死因不明になるケースもある
長期間経過して白骨化している場合などは、死亡原因を特定できないことがあります。
すると殺人を立証するには、
- 行動記録
- 血痕
- 証言
- 防犯カメラ
- 本人の供述
など、ほかの証拠がさらに重要になります。
遺体がなくても殺人罪になることはある?
ここでさらに疑問が出てきます。
「では、遺体が見つからなければ殺人罪にはできないの?」
必ずしもそうではありません。
遺体が発見されていない事件でも、他の証拠から殺人事件として起訴される場合があります。
法務省が公開している捜査事例にも、
遺体が発見されなかったものの、
- 被疑者の供述
- 現場に残った大量の血痕
などから供述が裏付けられ、殺人罪・死体遺棄罪で起訴されたケースが紹介されています。
つまり重要なのは、
遺体があるかないかだけではなく、犯罪事実を証明できる証拠があるか
です。
このテーマは、
「遺体がなくても殺人事件として立件できる?遺体なき殺人とは」
として別記事にできます。
死体遺棄で逮捕してから殺人容疑を調べることがある理由
ニュースでよく見るのが、
「まず死体遺棄容疑で逮捕」
というパターンです。
これには捜査上の理由があります。
現時点で証拠がそろっている犯罪で逮捕する
たとえば、
- 遺体を運んだ映像がある
- 遺体を隠したことを認めている
- 遺体の発見場所を知っていた
など、死体遺棄については証拠がそろっているとします。
一方、殺人については、
- 死因が不明
- 死亡時期が不明
- 殺害方法が分からない
という場合があります。
その場合、
証拠がそろっている死体遺棄などで先に逮捕し、死亡の経緯をさらに捜査する
ことがあります。
後から別の容疑で再逮捕される場合もある
その後の捜査で、
- 殺害方法
- 殺害場所
- 殺害時刻
- 客観的証拠
などが明らかになれば、殺人容疑で改めて逮捕される場合があります。
もちろん、捜査の結果、殺人の証拠が得られないケースもあります。
行方不明事件から殺人捜査へ変わることもある
事件の最初は、
単なる行方不明
ということもあります。
家族から行方不明届が出され、
警察が捜索している途中で、
- 不自然な行動
- 説明の矛盾
- 防犯カメラ
- 血痕
- 遺体
などが見つかると、事件性が高まります。
行方不明届についてはこちらで解説しています。
行方不明届を出すと警察はどこまで調べる?捜索されるケースと仕組みを解説
つまり、
行方不明者捜索 → 遺体発見 → 身元確認 → 死因究明 → 犯罪捜査
と段階的に進む事件もあります。
「遺体を隠した=殺した」と決めつけない理由
一般の感覚としては、
「普通は遺体なんて隠さない」
と思います。
その感覚自体は自然です。
しかし刑事事件では、
疑わしいこと
と
証明できること
を分ける必要があります。
たとえば、
「この人が殺した可能性が高そう」
と感じても、
裁判で殺人罪を成立させるには証拠が必要です。
だから警察や検察は、
- 死因
- 死亡時期
- 犯行場所
- 犯行方法
- 行動履歴
- DNA
- 血痕
- 供述
などを一つずつ確認します。
まとめ
死体遺棄や死体損壊を認めても、それだけですぐ殺人罪になるわけではありません。
理由は、
死亡後の遺体に対する行為と、人を死亡させた行為は別の犯罪だから
です。
ポイントをまとめると、
- 殺人罪と死体損壊・遺棄罪は別の犯罪
- 遺体を遺棄した人が必ず死亡させた人とは限らない
- 殺人では死亡原因や犯人を別に立証する必要がある
- 殺意の有無も重要になる
- 死体損壊・遺棄は殺人を考える状況証拠になる場合がある
- 自白だけで有罪にできるわけではない
- 捜査では自白と客観的証拠を照らし合わせる
- 身元が判明しても死因が分からない場合がある
- 遺体がなくても他の証拠から殺人事件として立件される場合がある
- まず死体遺棄などで逮捕し、その後殺人容疑を捜査する場合もある
という点が重要です。
ニュースで、
「遺体を遺棄したと認めているのに、なぜまだ死亡の経緯を調べているの?」
と思ったら、
「遺体をどうしたか」と「誰がどう死亡させたか」は別に証明する必要がある
と考えると分かりやすいでしょう。
刑事事件では、
「おそらくそうだろう」
ではなく、
証拠によって何を立証できるか
が重要なのです。
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